「煌めく音色」に込めた意味

 このブログのタイトルのことです。技術的なことも、演奏出来る曲の幅を拡げる意味ではとても大切なことだと思うのですが、私は、自分自身で納得した綺麗な音色で演奏することの方をより重視したいのです。

 私より指が回り、難しい曲を演奏されるアマチュアの方はたくさんいらっしゃると思います。私は、まだまだ駆け出しですし、技術的にすごいなあと感じさせる演奏をされる方は、私の周りにも随分います。

 でも、この音は好きだなあ、と思うような音で吹かれている方は意外に少ないというのが、私の率直な印象です。昔は、技術的なことだけに目を奪われていて、音のことに意識がいきませんでしたが、最近は耳が肥えたのか、「この人、上手い!」と感じる演奏に出くわすことは少なくなりました。

 こんな音で吹いてみたいと思える理想とする音を見つけることは、とても大事なことです。それが、自分の出したい音の基準や理想になるからです。練習へのモチベーションにもなります。

 それをどこで見つけるかということですが、一番いいのは、身近にそういう演奏をする人がいることです。しかし、現実問題として、そんな人が身近にいるということはまずないと思います。あとは、CDなどを聴く、コンサートに出向く、レッスンの先生の音を参考にするなどでしょうか。

 この中で、一番いいのは、やはり生音を聴くこと、そう、コンサートに出向くということです。足繁くコンサートに通い、お気に入りのアーチストが見つかれば最高です。

 ムラマツの野原先生が、「不思議なものですが、自分の理想とする音のイメージが自分の中に出来ると、練習していくにつれて、自然にその音に近い音が出るようになる」のだそうです。

 まさか、最初は思いましたが、確かに、音にこだわりや意識のある人の音と、無頓着な人の音は、時間が経つにつれて、大きな差を生みます。これは、楽器の経験年数とは関係なく、本人の意識の問題だと思います。

 私の理想とする音を探す旅はまだ始まったばかりです。

クラシックギターレッスン9月第1回

 リハビリという意味合いもありますが、1年半ぶりの久しぶりのギターレッスンでした。愛器ホセ・ルイス・ロマニロスに触るのも、本当にしばらくぶりです。やはり、微妙な感覚が無くなっていたのは、弾く方の右手でした。レッスン中は、なかなか思うようなタッチにならず、昔のような感覚に戻るのには、もう少し時間がかかりそうです。

 ギターを師事しているのは、昔から山本久子先生。先生との師弟関係は、かれこれ30年近くになります。もうそんなに経ったのかと思いますが、未だに演奏活動もされている先生です。私の長所も短所もよくわかって指導して頂けるので、全幅の信頼をして、今日もレッスンを受けてきました。

 まずは、基礎練習中の基礎練習であるアグアドのアルペジオ、そして、セゴビアスケール(音階練習)を少々。スラーの練習は、握力の衰えた左手の負担を考えられたのか、今日はやりませんでした。

 久しぶりということで、先生がいろいろと考えて、リハビリ代わりに選んでくれていたのは、ワルカー「小さなロマンス」。ギターを弾く上での基本的な技術がまんべんなく網羅されている作品で、初中級者の生徒さんが、発表会で取り上げる人気曲でもあります。

 普通に弾けるようになるには、次回のレッスンくらいまでの時間は必要でしょうが、譜読み自体にはあまり時間がかからず、正直言ってほっとしました。どうやら、譜読みの力には錆び付きはなかったようです。

 勿論、将来的には、弾きたい曲がたくさんあるのですが、今は焦りは禁物です。まずは、元の状態に近づけること、その目標にむけて、今日からスタートです。